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2003.8.22
酒に酔って転んでしまい、骸骨割ってからもう一年以上が立つ。
もういいだろう、この話をしても。
ちょうど残暑も厳しく、今を逃しては風情がなくなる。
1年前に体験した、ちょっと奇妙な話をひとつ。
昨年3月某日夜、僕は法事で里に帰り、酒を飲んでいました。夜もふけ、訪問者も一人去り二人去り、一眠りして酒も抜けていた(と思う)僕も、自分の家に帰る事にしました。
このとき、時計を見ました。午後10時30分。長居してしまったなあ、と少し反省したのを覚えています。
里の家を出て、自分の車を置いている駐車場まで少し歩かないといけません。
山と田んぼしかない所で、日が暮れれば漆黒の闇、おまけに鋪装もされていない田舎道です。
しかし、よく遊びに来ていたという油断と、残酒、起き抜けという精神的に不安定な状態だったためでしょうか、足を滑らせてしまい、道と田んぼの間の側溝に落ちました。
路肩に生えていた雑草に足を取られ、まず側溝の向こう側の角(コンクリ)に顔面を強打、それからのことは覚えていません。気が付くと、顔から血を流しながら、目視せずとも感覚的にボロボロになっていると分かる体で水深10センチ程の側溝の底にうずくまっていました。
側溝の深さは、およそ150センチ位。幅は1メートル程。3月だったのが幸いでした。もし田植えの時期だったら、おそらく水死していた事でしょう。
だんだん意識がはっきりしてきました。口の中から、後から後からあたたかい血が溢れてくるのが分かります。舌で探ってみると、前歯がありません。はいていたジーパンが派手に裂けています。全身に擦傷を負っているのが分かりました。
不思議と、状況が冷静に判断出来ました。今、上に上がっておかないと、おそらく体が動かなくなる。よくある話ですが、時間が経つにつれて痛みが強くなり、骨や関節の不具合が顔を出してくるといわれています。
体が動く今のうちに這い上がらなければ。とにかくそれだけを考えるようにしました。
側溝のふちを手で探りながらしばらく溝の底を歩き、低くなっているところを見つけました。ここから上ろう。暗くてなにも見えないものだから、すべてが手探りです。
しっかりと掴み、指に絡めた草が抜けない事を祈りながら、側溝から這い上がりました。
とにかく、家に帰ろう。車に乗らないと。
気持ちは焦っていますが、歩みはよたよたとおぼつかなく、”はたして車に乗る事は出来ても、こんな足でアクセルを踏む事が出来るのかな”そんなことをちらっと思ったりもしました。
駐車場に着き、自分の白いクルマの前に立ち、暗い街灯の下で自分の体を見ました。血で真っ黒、ぐしょぐしょです。口からは、まだ生暖かい滴がポタポタとしたたっています。地面に、けっこうなペースで黒い血だまりが出来るのが見えました。萎える気持ちを奮いつつ、ジーパンのポケットに手を入れ、キーを探りました。まずはクルマに乗らないと!
・・・あれ?キーがありません。いつもここに入れる、と決めているポケットの中に、車のキーが入っていませんでした。いや、どこにもない。なんで?今もって謎です。
ジーパンのポケットから、はたして勝手に滑り落ちたりするものなのか、それとも無意識のうちにポケットをまさぐり、どこかこの暗い闇の中に落としてしまったのだろうか。それとも・・・。
これではクルマに乗る事が出来ません。帰る意志はすっかりトーンダウン。これで、帰宅を断念しました。自分自身、この状態で車に乗る事を迷っていたのかも知れません。鍵をなくしたという事実が、その背中を押してくれたようです。
仕方ありません。来た道を引き返し歩き、里の家に助けを求めました。
里の家に着くと、僕の汚れ果てた姿を見て周りは大騒ぎです。ただ、僕自身は自分でも意外な程落ち着いていて、はたしてどれくらい夜道で格闘していたのか知りたくなり、時計を見ました。午後10時50分くらいだったかな、もう少しで11時だ、と思ったのを覚えています。
問題は、車で帰る予定だった僕の家です。
ちょうど僕が側溝に落ちたくらいの時間に、母は風呂に入っていたらしいのです。
不意に門扉の開く音がしました。母は、てっきり僕が帰宅したものだと思ったようです。
しかし、いつまでたっても家の中に入ってくる様子がありません。
門扉を引く音がした後、今度は鍵がかかっている裏口のドアを、しばらくガチャガチャとまわす音が聞こえたそうです。もちろん開くわけもなく、そのまま音はしなくなったそうです。
足音もなく、門扉を開く音、裏口のドアをまわす音、すべてが「不意」だったらしく、なにか不自然な、おかしな気がしたとのこと。
それでもその時母は、僕が家の鍵を無くしてしまい、外で困っているか、あるいは車に戻って鍵を落としていないか探しているのか、そのうち、携帯で家に電話でも入れてくるだろうと、そんな事を考えたそうです。
やがて風呂から上がり、時計を見ると11時前後。外に誰かいる様子はない。
おかしい。20年以上住んでいる家なので聞き間違える事はないだろうし、空き巣狙いでもなかろう(家の電気ついていますし)。だいいち、屋外物置きの某所にはスペアキーを隠していて、家族ならそれを使って家に入る事が出来ます。
そして、電話が鳴りました。里からの電話で、母はその時はじめて、僕が気を失う程のけがをした事を知ったのです。
実際に気を失った(らしい)事、それでもなんとか帰ろうとしていた事、鍵をなくした事、そしてそれがちょうど夜10時半過ぎだった事を。
今振り返ると、帰りたい気持ちが高まっていた僕の心が、一時的に体を離れて自宅まで飛んでいったのかもしれません。あるいは、不肖の息子の帰宅を心配していた母が、自分で無意識に作り出した幻の音を聞いてしまったのかもしれません。
その日の法事は、亡くなったばかりの祖母のものでした。
亡くなる数日前、お見舞いに行きました。少し、お年寄りならではの症状が出ていて、話してみても僕を果たしてきちんと認識しているのかどうか「?」な気もしましたが、帰ろうと思って病室から出る時に真顔になり、こぶしで僕を差しながら「交通安全だけは気をつけなぁよ」と声をかけてくれました。それが最期の言葉でした。
あの時、恥もなく飲酒してクルマに乗ろうとした僕を、おばあちゃんが見えないこぶしでゴチンとやってくれたんじゃないだろうか、そもそも状況の割には怪我が軽すぎる、そんなことを、今でも当時その場にいたいとこ達と話しています。
それから数カ月後。
僕は怪我で曲がらない膝をさすり、左足は正座、右足は体操座りというもうどうしようもない格好で結納を行う事になりました。さすがにこの時ばかりは申し訳なさと恥ずかしさで胸が一杯になりましたね。
相手(今の嫁さん)は、なんかちょっと悩んだらしいですけど。
なお、折れた歯を石代わりに結婚指輪を作ってやろうという目論見は、車内清掃してくれたガソリンスタンドのあんちゃんに勝手にゴミと一緒に歯を捨てられてしまい、脆くも崩れ去ってしまいました。
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